赤坂に本店を持つ高級広東料理店「赤坂璃宮」が2020年6月に「香港焼味酒家」という新ブランドを展開した。名前の通り「焼味(シウ・メイ)」をテーマにしている。香港人には懐かしく馴染みのある食べ物だが、日本人にとっては名前からしてどんな食べ物かすらピンと来ないかもしれない。今回は店長の野田頭さん、料理長の根津さんと焼味職人の姚(イウ)さんに話を伺うことができ、お店や焼味に対するそれぞれの思いやこだわりを語ってくれた。
野田頭店長:先入観を持たずに新しい知識を取り入れる
サービス業で仕事をしてきた野田頭さんにとって、焼味を中心とするお店は初めてである。そのため、見たことのない食材や調理法がほとんどで、色々新鮮だった。お客さんに料理をオススメや説明する前に、まず自分がその知識がないといけないと思った。アヒルの舌やカエルなど、日本人にとって「グロイ」と思われがちな食材を積極的に味見、勉強をしたという。
「出されている料理はきちんと処理し調理されているので、無論食べても大丈夫です。見た目については工夫をされているので、先入観を持たずまず食べてみて、味を知ってからお客さんに説明しています。例えばカエルはとり肉に似ていると説明します。」野田頭さんの前向きな姿勢は説得力が伴う。
本場の味を知っているお客さんには香港の味に近いと評価されているが、まだこの味を知らないお客さんには、一人でも多く知ってもらいたいという。食も大事な文化の一つであり、日本で焼味や香港料理を広げたいとも思っていますと語ってくれた。
根津料理長:日本の中華ではない
香港とマカオに長く滞在したことがある料理長の根津さんはこのように考えている。日本の中華料理はもう日本の料理で、中国の料理ではないこともあり、まして香港料理や焼味はまだしっかりと認識されていないところもある。だからこそ、香港焼味は香港焼味で、中華ではないと知ってほしいと述べた。
「裏メニューやカスタマイズは可能であれば応えるけど、メニューにない麻婆豆腐とかレバニラとかの「中華」はないよ。香港料理、焼味の店だもん。そこはちゃんと説明する」とはっきりとした態度を見せてくれた。日本人の舌に合わせすぎず、香港の味を最大限再現するのが根津さんのこだわりだ。
とはいえ、まったく日本人の習慣を無視してまで香港を再現することもない。メニューを考える上では、香港らしさを再現しつつ、和定食のように小鉢やスープを添えたのをランチセットとして出している。「ランチのセットメニューは焼味飯(シウ・メイ・ファン、焼味乗せワンプレートご飯)、焼味三種+蒸し物+スープ+ご飯、炒め物+スープ+ご飯のような組み合わせがある」と説明してくれた。
焼味職人姚(イウ)さん:こだわりをもたないこだわり
香港から単身赴任の焼味職人姚さんは焼味一筋である。環境、設備、機材など日本の店と香港の店は違いがあると思うが、日本の店でそれらの操作に慣れないことの有無について聞いてみたら、ほぼないねとあっさり。逆にメリットが多いかもしれないと補足した。
「焼味には釜が大事だけど、昔香港では薪を使っていた。ここ数十年はもう香港でもガス釜を使っているから、ここの釜もほぼ同じ。ここの(厨房の)換気扇は強いから、匂いが抑えられる。それにここでは客足が予想しやすいから、一日何回も焼いている。それでお客さんが焼きたての焼味に遭遇できる確率も高くなる、焼味はやはり焼きたてが一番だよ。」と丁寧に教えてくれた。
「香港人のこだわりはこだわらないことだよ。日本人は繊細で、こだわりが強いけど、香港人は効率やコスパ重視で、たまに譲るときもある。だけど、「こだわりをもたない=適当」ではなく、お客さんが料理について誤解してしまう時はきちんと教える。焼味だって心を込めて焼く。ただ、香港人が変にあーだこーだとこだわりを持つのも違和感がある」とこだわりについて聞いたら、とても香港人らしく答えてくれた。
「例えば、香港人は食材の鮮度にこだわることが多いけど、日本ではそれがなかなか難しい。鶏は国内産を使っているけど、アヒルや豚はタイやオーストラリアなど海外から輸入しているから、鮮度は無理だね。日本国産のブランド豚、黒豚とかね、美味しいけど、それを使って港式叉焼(ゴン・シェッ・チャー・シウ)にするのも変じゃん?」と続けていた。
コロナ禍の真っ最中に開店した香港焼味酒家は、夜の営業停止、酒類の販売中止など苦しい時期もあった。現在はランチとディナーのほか、週末には限定メニューも試行中。それも香港らしく、手書きメニューを壁に貼るスタイル。また、焼味のテイクアウトも可能で、それもコロナ禍関係なく、香港スタイルに近い。さらにシーフードのメニューも取り入れようと試みている。香港のように生け簀を設置することはできないが、新鮮なホタテやハマグリの貝類を発泡スチロールに入れ、見えやすい所に置く。苦しんでいた時期を逆手に、お店の運営方針を試行錯誤し、様々な挑戦をしていた。それに加え、三人の強いこだわりによって味も店内の雰囲気もしっかりと評価されている。
むろん、本店「赤坂璃宮」からの手厚いサポートも欠けてはならないのだ。いつか焼味職人を自社育成し、伝承していきたいというのが筆者の小さい野望である。そうなれば、日本に居ながら、いつでもふるさとの味が食べれることになる…と吊り下げられている焼味を見ながら勝手に想像を膨らませた。
住所:東京都港区虎ノ門1-17-1 虎ノ門ヒルズ ビジネスタワー 3F 虎ノ門横丁
電話番号:03-6812-7154
営業時間:
[月~金]
11:30~15:30(L.O.15:00)
17:30~22:00(L.O.21:30)
[土]
11:30~15:30(L.O.15:00)
17:00~22:00(L.O.21:30)
[日 祝]
11:30~15:30(L.O.15:00)
17:00~21:30(L.O.21:00)
定休日:水曜日
香港料理の豆知識
香港料理 基本の基
「焼味」はとても簡潔に言えば、下味をつけた肉を釜で焼いた食べ物である。基本は豚、ガチョウ、アヒル、鶏と鳩を使う。豚は味付けや工程の違いで港式叉焼(ゴン・シェッ・チャー・シウ)と焼肉(シウ・ヨッ)になる。鳥類は丸一匹焼き、ガチョウは焼鵝(シウ・ンオー)、アヒルは焼鴨(シウ・ンアップ)、鶏は焼鶏(シウ・ガイ)、鳩は焼乳鴿(シウ・ユー・ガップ)になる。鶏は焼く以外に、塩茹でしたもので白切鶏(バッ・チッ・ガイ)もある。
調味料、調理器具や調理過程が複雑なため、ほとんどはお店で食べるかテイクアウトしておかずにする。特に昔は、焼味をもう一品のおかずとして買うことを「斬料加餸(ザム・リウ・ガー・ソン)」と言い、ちょっとうれしいことがある日や特別な日に多いことである。「斬料(ザム・リウ)」はお客さんが買う量にあわせてその場で切り分ける意味、「加餸(ガー・ソン)」はプラスアルファのおかずという意味。