最近都内に本物の香港レストランが増えた気がします。故郷の懐かしい味が食べられて、香港に帰れない分の郷愁を一時的に解消できるので、筆者にとってはうれしいことです。ところで、写真をインスタにアップしたら、日本人の友たちに「香港料理ってどんなものがあるの?」と聞かれました。「え?あの『美食のパラダイス』と呼ばれる香港ですよ、どんなものがあるのか知らないの?」と内心は少し衝撃を受けました。冷静に考えてみたら、美食がたくさんあるゆえ、香港料理といったらこれ!ていうものは数えきれないです。香港人に聞いても、飲茶の点心、食べ歩きのカレーフィッシュボール、ティータイムのエッグタルト、香港スタイルのしゃぶしゃぶや土鍋ご飯などなど、十人十色の答えになると思います。日本の友人の素朴な疑問に答えて、香港をもっと知っていただくため、香港料理を紹介するシリーズを始めます。ローカルなレストランの歴史とそこで食べられるものを紹介し、名付けて「食の香港シリーズ」です!
第一弾は冰室(ベィン・サッ)と茶餐廳(チャー・チャーン・テーン)について説明します。なぜこの二つにするのかというと、近年日本でも見かけるお店で、香港では朝ご飯から夜食までみんなの一日の食事を支えるほど、強い存在であるからです。説明に入る前に、ミニミニ広東語コーナーです(笑)
冰室(ベィン・サッ)の「冰」は氷の繁体字で、「室」はルームの意味です。アイス・冷たいものを楽しめる小さな飲食店です。日本には真冬にとった氷を夏まで貯えておく室の意味で「氷室」という言葉と苗字がありますが、かなり意味が違います。また、珈琲室(ガー・フェー・サッ)でも通じます。「珈琲」はコーヒーです。一方、茶餐廳(チャー・チャーン・テーン)の「餐廳」はレストランの意味で、「茶」はここではコーヒーやミルクティーなどのドリンクを指します。「餐廳」だけだと少し高級なイメージがしますが、「茶餐廳」になると一気に庶民派になります。やはり文字の力は大きいです(笑)
まずは、冰室と茶餐廳の歴史です。
冰室は広州発祥で、1950年代から香港で流行り始めました。当時、発祥地の広州では、氷は高価なもので、庶民の手にはなかなか入れないものでした。そのため、冷たいものやアイスを楽しめるのはちょっとした贅沢です。この冰室ブームはやがて香港にも移りました。その後、冰室文化を受け、茶餐廳というのが香港で生まれました。今では、老舗の冰室以外、ほとんど二者の区別がつかないですが、昔はかなり大きく違っていました。冰室を開業するには「持牌小食食肆(LICENSED Light Refreshment Restaurant)」が必要で、茶餐廳には「持牌普通食肆(LICENSED General Restaurant)」が必要で、つまり所持するライセンスが違うのです。これによって、販売できるものが変わります。冰室ではガスコンロの火で食材を加熱することが禁じられているため、指定されかつ制限された食べ物、例えばサンドイッチやパンなどの軽食と飲み物しか出せません。茶餐廳にはそのような制限がなく、冰室で売られている食べ物も、ご飯ものと飲み物を販売することができます。
冒頭であるように、「茶餐廳」と「餐廳」は違うものです。実はこの中に、茶餐廳が生まれた理由が隠されたのです。「餐廳」または「西餐廳」(サイ・チャーン・テーン)は洋食を出す高級レストランのことで、当時の香港人には気軽に行けるお店ではなかったです。しかし、植民地だったので、洋食にはとても興味があり、イギリス人の習慣に影響されたところもありました。茶餐廳が出しているのはまさにアレンジされた「洋食」でした。筆者の考えですが、コーヒーやミルクティーを意味する「茶」に洋食が食べられる「餐廳」で「茶餐廳」になったのではないでしょうかね。いずれにせよ、茶餐廳は広州からの文化と西欧からの文化をうまく融合した香港生まれのお店であることは間違いないのです。
次は、冰室と茶餐廳の共通点です。言うまでもなく、両方ともドリンクを販売しているので、ドリンクの部分に関しては大きな違いはないです。ドリンクメニューと上記に言及したアレンジされた洋食メニューについては、次回のブログでまた説明しますので、乞うご期待をお願いいたします!
ドリンクメニュー以外に、冰室と茶餐廳には大きく二つの共通点があります。一つ目は席と配置です。お店の空間を長方形であることを想像してください。正面からお店を見ると、真ん中に入り口、左右に売り物のパンとボトルのソフトドリンクのショウケースがあります。いざお店に入ったら、右側にレジがあります。多くの場合、レジに鎮座するのはおかみさんです。真ん中の通路に、正方形のテーブルがいくつかあり、最大4名用の席です。奥に丸いテーブルが2つほどあり、最大6〜8名用の席です。両方の壁側に、新幹線の車内のような向かい合うブロック席があり、最大4名用の席です。ブロック席は少し広いのと、プライベート感があるので、人気です。ブロック席の横にはたいてい「ラッシュアワーは2名様で片側お使いください」との貼り紙があります。一番奥はドリンクとフードを作る場所で、さらに奥にトイレや備品などを置く場所があります。
もう一つの共通点はテーブルの上です。冰室と茶餐廳のテーブルは木材とガラスの二層構造のものが多いです。スペースを省くため、二層の間にメニューを入れるのが主流です。上の方がガラスなので、メニューが読めないこともほとんどないです。それから、テーブルの上に塩、コショウ、砂糖が置いてあるのも基本です。おそらくこれは高級レストランのマネではないでしょうかね。そうでなくとも、実用性と効率を考えれば納得できることだと思います。これについてはメニューに関連するので、また次回とのことです!
続いて、冰室と茶餐廳の特徴です。冰室はともかく、茶餐廳は香港起源のものとして、たいへん「香港らしさ」があるのです。
香港といえば、生活リズムがとても速く、小走りのように歩く人が多いです。「タイムイズマネー」の考えが強い香港では、一時間をかけてゆっくり昼ご飯食べるより、三十分で食事を済ませ、残りの三十分をほかに使った方が効率のいいとされることが多いです。基本的に、冰室と茶餐廳は注文から品物が揃えるまでの時間が短いです。リーズナブルな価格、ボリューミーな分量、スピーディーに提供、この三拍子が揃えた冰室と茶餐廳は、常にスピーディーな香港人にとって重要な文化の一つです。
また、冰室と茶餐廳にはある程度の常連客を抱える力があります。値段と効率の他に、冰室と茶餐廳の魅力は「どこにでもある」ことです。オフィス街にでも、住宅街にでも、どこにでも一軒以上はある冰室と茶餐廳です。自宅か仕事場付近の行きつけの冰室と茶餐廳で「いつものもので」と注文し、お店の人と世間話をするのも香港ではよく見かける風景です。毎日の昼ご飯が同じだと飽きないですか?と思う方もいるでしょうが、冰室と茶餐廳のメニューは豊富でレパートリーも多いので、全メニューをコンプリートするのはなかなか難しいと思います。(笑)
もう一つは、冰室と茶餐廳の相席文化です。前述のとおり、香港人は効率を重視します。客側も、店側も同じです。席と配置の部分でテーブルの上限人数を説明したのもこのためです。お店が混んでいない時は基本的に好きな席に座れますが、特に人気のブロック席は1人でも問題ないです。ラッシュアワーの時は「人数に応じて空いてる席なら」になります。ブロック席横の貼り紙もこれゆえです。冰室と茶餐廳はレストランみたいな席案内が基本ないです。空いている時は、1人でもブロック席を「独占」できます。混んでいる時に1人の場合は自動的にテーブルの方で相席します。この相席文化は香港人にとって当たり前のことです。回転率が高い冰室と茶餐廳は相席してもそれほど苦ではないというのもあります。コロナ禍で、この相席文化が今後どのように変化するかは気になるところです。
最後は、冰室と茶餐廳という狭い空間から生まれる一体感です。冰室と茶餐廳にはラジオかテレビを一台置いてある店が多いです。スマホが普及する前、それが情報と娯楽を提供するものとなり、お店の中にいる人々をつないでいくものでもありました。同一空間で、同じ情報を共有することによって、一体感が生まれます。ある意味、冰室と茶餐廳は香港社会の縮図です。狭い土地で居住する人々が、同じ生活リズムで行動し、色んな情報を共有しながら生きていきます。だから、茶餐廳は香港で生まれ、香港を代表するお店になったのです。
このように、今回は冰室と茶餐廳の歴史、相違点、共通点と特徴をまとめてみましたが、少しでも香港への理解が増えると嬉しいです!次回は今回触れなかった、冰室と茶餐廳のフードとドリンクについて説明します!是非お楽しみに~