コロナ禍の影響により外食が減る一方、テイクアウトや出前専門店、キッチンカーなどが増えた。キッチンカーと言っても、ガッツリごはん系やコーヒースタンドなどがある。数多くのキッチンカーの中に、香港からのデザート系も参入した。
ともに40代の香港人夫婦GladysさんとDesmondさんは、キッチンカーはおろか、飲食業の経験もないまったくの素人。なぜキッチンカーに目を向け、しかも異国の日本であるのかと聞かずにいられなかった。香港では長年IT業界で働き、毎日ルーティン化した生活に疲れたのが最大の理由という。それに夫婦とも日本が大好きで、よく旅行に来ていた。「日本と香港ってやはり生活リズムが違うね。香港はとにかく何事もスピーディーでないといけない、忙しない日々だった。日本だとリラックスできる気がする。それと日本人が丁寧かつやさしく接してくれたことも印象的だった。」今回のインタビューに応じてくれた奥様のGladysさんが言った。「旅行と生活は違うということも承知の上だけどね」と補足した。
キッチンカーにしたのは、移住を計画するとき、インターネットでこの選択肢を見かけたからだという。また、香港の食べ物にしたいと思い、キッチンカーの設備、車内のスペース、食材など様々なことを考えた上、格仔餅ならいけるかもと決めたのだ。都内では格仔餅のキッチンカーがまだいないということもあり、「甘いものを食べた人は幸せそうな顔をするから」というのも理由だ。
二人三脚で壁を乗り越え 異色格仔餅メニュー
目標を決め、次は目標への道を歩むのみだが、それも平坦な道ではなかった。「運転免許があれば車に乗って全国どこでも回れるが、キッチンカーの営業になると違う。都道府県別で営業ライセンスが必要だから、それぞれの保健所に行って申請しないといけなかった。今は東京都、神奈川県、埼玉県で営業できるようにしている。」思ったより複雑な手続きや、言葉の壁もあった上で現に生き生きとして営業できてることに感心した。
次はいよいよ商品開発に入る。経験のない素人の二人はネットで基本となるレシピを調べ、試行錯誤を繰り返した。頼るのは自分たちの舌と記憶の中の味だった。「アレンジをする前はベースとなる格仔餅をちゃんとできてないとね。二人でたくさん作って、たくさん食べた。(笑)うちのこだわりはやはりベースの格仔餅かな。香港のものより生地を少し分厚くして、甘さも少し控えめにしている。具材を挟むことに合わせたオリジナル配合、カリふわ食感で持ち帰りにも向いている。サイズは食後のデザートのように調整した。本場香港の味とまでは言えないが、うちの自慢の味だ。同じ香港人のお客さんに「格仔餅ってこういうのもありなんだね」って言われたこともある。」と説明した。二人が研究した成果は、香港スタイルを残しつつ、新しいアイディアも入れたメニューである。
大人気メニュー:香港ローカル風味
「香港風オリジナル」
格仔餅と言ったら、ピーナッツバター、ココナッツ、砂糖と練乳を挟むのがド定番!
新しき創作:夫婦オリジナル
「ツナメルト」
格仔餅をまさかのおかず系に?と二度見してしまう。
メルト(melt)は、チーズが溶けることの表現!
香港人もびっくり:日本とのコラボ
「あんバター」
日本の喫茶店メニューを参考にした好評コラボ!
※インタビューした時点の一部メニュー 季節や仕入れ状況によって変更有
逆境こそ鍛錬 ポジティブでチャンスをゲット
すべて準備できてようやく営業できる状態になったが、長引くコロナ禍に計画を乱された。キッチンカーで起業しようと決めてから準備に入ったのは2019年だった。しかし、2020年始から感染が広がりはじめた。「誰も先が見えないから、このままずっと待っていても仕方がないから、準備もできているし、とりあえずやってみよう」と、2020年夏に開業を決行した。「今は人出が少しずつ増えてきたけど、(開業して)最初の頃は街に人がいないの。」と苦笑いしながら語ってくれた。「キッチンカーって、イベントに出店する時の売上は大きいの。でもイベントとか、スポーツの試合とか、全部なかったじゃない?だから本当に厳しかった。」と赤裸々に教えてくれた。
それで後悔したり、自分たちの不運に嘆いたりしたかと訊いてみた。「どっちもないね、コロナ禍の影響を受けたのは私たちじゃないから。むしろ今思えば、その時期があったからこそ、鍛えられた気がする。」と意外にもポジティブな答えだった。鍛えられたとはどういうことだろうとさらに話を深く掘ってみた。「サラリーマンのランチタイムって短いから、できるだけ早く商品を渡してあげたいの。そしたら食べたあとにちょっと休憩もできるかもしれないじゃない。それと今こそがイベントなどへの出店が増えて、たまにはお客さんが並ぶときもあって、そういうときもできるだけ速く作りたいの。多くのキッチンカーの中で、せっかくうちのところに来てくれてるから。こうしてスピーディーに渡せるのは開業当初の「氷河期」のおかげだ。客足がまだ少ない時は、色んなことに気づいたよ。広くない車内スペースを最大限に活用する方法や、効率の良い動線などを知るわけ。それに、ゆっくりと営業していたから、機会さえあればお客さんにコメントも聞いていた。もしそれがなく、いきなりイベントに出店していたら、たぶん遅いとか、美味しくないとか、悪評だらけだね。苦境があったからこそ今があるって感じだね、それでもまだ道半ばだけど」と深い話をしてくれた。
香港でIT業の仕事をしていたときもいつも期限に追われているのに、結局日本でキッチンカーをやっていても商品の提供時間に急かされているのではないかとツッコミを入れたいところだったが、同じスピーディーさという言葉でもきっと心持ちが違い、それこそが「思いやりの心」だと言えるだろう。香港にいるときは毎日感情のないロボットのように生きていた二人、日本でキッチンカーをやりながら、心と感情と本来の自分たちを取り戻しているようにさえ感じた。
印象に残る微笑ましいエピソードと感動
キッチンカーのインタビューははじめてなので、キッチンカーの営業ならではのエピソードも聞いてみた。「最初に公園でやってた時、お子さん連れのお客さんがよく来てくれてるの。メニューの写真を指してお父さんお母さんに「これなに?」って聞くお子さんが多いね」それもそのはず、日本では香港の格仔餅はまだ知名度が低いのだ。「それでお父さんお母さんたちも興味を持ってくれて、話を聞いてきたり、買ってみたりする。でもまだ味がわからないから、一つ買って家族でシェアすることが多いかな。半分に切るのはまだいいけど、たまに三等分とかのリクエストもあって、さすがにそれは難しいから、おまけしちゃうの(笑)親子一緒に格仔餅を食べてるの見て、やはりこっちも嬉しくなるね。」と話しているGladysさんも笑顔だった。
「でも、キッチンカーの大変さはやはり気温と天気だね。一応室外だから、冬は寒いとき車内気温が7,8度で、夏は42度くらいある。あとは場所によっては自分で発電機を用意する必要もあって、それが20キロくらいで、運ぶのも大変。」と続けた。「結構印象に残ったのはとあるアイドルイベントに出店した日のこと。雨がすごく強かったのに、アイドルの女の子が走ってきて、格仔餅を買ってくれた。衣装もちょっと薄かったし、雨に濡れちゃうと寒くなるし、それでもうちのところに来てくれて、正直嬉しかった。同時に彼女があまり雨に濡れないように早く作らなきゃとも思った。温かいスイーツで彼女の心と体を温められたらいいな」と思い出しながら言った。
キッチンカーの経営は大変だが、出会いも多い。東京、神奈川、埼玉を走るこの車の外観は二人が自らデザインした。ワクワクさせるようなカラフルな車体、特別に設計した写真スポット、心を込めて作った格仔餅、細部まで夫婦に出会った人の心を虜とする。
未来への展望
いつかお店を持つことも視野に入れているが、それまでは、まずいい評判がもらえるようにおいしい格仔餅に専念し、イメージを高めることに力を入れたいという。「多くの日本人にとって格仔餅はまだ未知な食べ物で、もしかしたら、ここで買ったのがその方の人生初の格仔餅かもしれない。だからこそおいしい食べ物だと覚えてもらいたい。また、香港のことが好きでSNSでうちのことを知った日本人のお客さんも多く、遠くから足を運んでくれたから、その期待に応えたい。」とやはり顧客目線で考えている。また、新メニューの開発も怠らないようにどんどんチャレンジしたいと補足した。
Glades Kitchenという名前は夫婦の名前から前半を取って合わせた単語で、意味は森林地帯の空き地。これで二人は渇いた人生を取り戻しつつ、さらに人々を笑顔にするために日々ともに歩んでいる。いつかそれがみんなにとってのオアシスのような存在になれればいいなと祈りながら期待している。
営業時間、場所:不定。営業時間および場所は各SNSアカウントでお知らせする (Facebook、Instragram、Twitter)
電話番号:070-4433-4207