日本で「二次会」といえば、カラオケやラーメンを思い浮かべる方も多いかもしれません。
しかし、香港では食後のもうひとつの楽しみとして「糖水(トンスイ)」を味わう文化があります。
そのやさしい甘さは、ただのデザートではなく、季節や体調に合わせて選ぶ「食養生」の知恵として、香港の日常に深く根付いています。
今回は、香港人にとって身近な糖水の歴史や代表的な種類を紹介します。
次に香港を訪れる際は、ぜひこの甘くて奥深い食文化を体験してみてください。
「糖水」の歴史:広東の風土が生んだ甘味文化
糖水の起源は、食文化が豊かな嶺南地方にあります。中国北部では「甜湯(てんたん)」とも呼ばれ、古代には王侯貴族や後宮でも親しまれていた甘味です。清代には「酸梅湯(スモモ茶)」が宮廷で大流行し、乾隆帝のお気に入りでもあったと言われています。
中医学では「糖には湿を取り除く効果がある」とされ、湿気の多い広東ではサトウキビも豊富だったことから、糖水が日常的に飲まれるようになりました。
20世紀初頭には、広州の屋台で売られていた糖水が専門店へと発展し、やがて香港にも伝わります。香港では独自の改良が重ねられ、「港式糖水」として今も進化を続けています。
糖水の定番「二沙三糊」とは?
港式糖水を語るうえで欠かせないのが、「二沙三糊(イーサーサームウ)」という定番メニューです。これは、ほとんどの糖水店で必ず見かける、基本中の基本ともいえる5種類の糖水を指します。
「二沙」とは──
・紅豆沙(ホンダウサー):あずきのスープ
・緑豆沙(ロッダウサー):緑豆のスープ
「三糊」とは──
・芝麻糊(ジーマーウ):黒ごまのスープ
・杏仁糊(ハンヤンウ):杏仁のスープ
・合桃糊(ハップトウウ):くるみのスープ
これらは香港人にとって、子どもの頃から慣れ親しんできた“懐かしの味”。身体を内側から温めてくれるやさしい糖水であり、家庭でも手軽に作れる身近な存在です。
「二沙三糊」以外にも、香港にはバラエティ豊かな糖水があります。
漢方の薬材と食材を組み合わせて煮込む「薬膳糖水」も人気で、たとえば陳皮と山査子を使った雪梨糖水(ナシのスープ)、桃膠(桃の木の樹脂)や銀耳(白きくらげ)を使ったとろみのある甘スープなどがあります。
また、番薯糖水(サツマイモのスープ)や、ぷちぷち食感が楽しい西米露(タピオカ入りココナッツミルク)、さらには濃厚でなめらかな雙皮奶(ダブルミルクプリン)など、素材の風味を生かした素朴でやさしい甘味も多く親しまれています。いまでは、フルーツやタピオカ、アイスを組み合わせた“ひんやり系糖水”など、伝統とトレンドが融合したスタイルも登場し、若者を中心に人気を集めています。
そしてもうひとつ、日本人にも特に人気の高い糖水といえば、「楊枝甘露(ヨンジーガムロウ)」ではないでしょうか。
この糖水は、一般的には1980年代に香港の広東料理レストラン「利苑酒家(Lei Garden)」によって考案されたと言われています。
いくつか説はありますが、有力な一説によると、1987年に同店がシンガポールに海外1号店を開く際、南国の暑さに合わせて開発された冷たい糖水だったそうです。マンゴー、ポメロ、西米(小粒タピオカ)、ココナッツミルクを組み合わせた爽やかな味わいと、見た目の華やかさが特徴で、香港のみならず海外でも「香港糖水」として人気を集めています。
香港人の心に根付く「糖水」文化
糖水は、香港の食文化において特別な位置を占めています。それは単なるデザートではなく、食後のひとときを締めくくる習慣であり、家族や友人と過ごす時間を支える存在でもあります。
一杯の糖水には、身体をいたわる知恵と、誰かと時間を分かち合う温もりが詰まっています。
香港を訪れる機会があれば、ぜひ「糖水舖(トンスイポウ)」に立ち寄り、そのやさしい甘さを通して、土地に根づいた文化の一端を味わってみてください。