近年香港映画のブームの中の注目作:アクションムービー以外の社会系映画
香港映画と言えば、2025年1月に日本で公開された『トワイライト・ウォリアーズ 決戦!九龍城砦(原題:九龍城寨之圍城)』がヒットし、叉焼飯(チャーシュー飯・焼豚飯)をはじめとした香港グルメや香港カルチャーに注目が注がれています。
今回は、今年日本で上映された香港映画の一つ卓亦謙(ニック・チェク)監督作品『年少日記』を紹介します。
本作品は、2023年に香港で公開された卓亦謙(ニック・チェク)の監督デビュー作品となりますが、巧みな脚本と構成が高く評価され、中華圏のアカデミー賞とも呼ばれる第60回金馬奨では観客賞と最優秀新人監督賞を受賞、さらには第17回アジア・フィルム・アワードでも最優秀新人監督賞を受賞という快挙を成し遂げています。
年少日記:身近にある社会問題…
高校教師の鄭(チェン)が勤める学校で自殺をほのめかす遺書が見つかる。私はどうでもいい存在だ――幼少期の日記に綴られた言葉と同じだった。彼は遺書を書いた生徒を捜索するうちに、閉じていた日記をめくりながら自身の幼少期の辛い記憶をよみがえらせていく。それは、弁護士で厳格な父のもとで育った兄弟の記憶だ。勉強もピアノも何ひとつできない兄と優秀な弟。親の期待に応える弟とは違い、出来の悪い兄は家ではいつも叱られていた。しつけという体罰を受ける兄は、家族から疎外感を感じ…。
(日本版公式HPより https://klockworx.com/nensyonikki)
この映画では、若者の自殺問題を中心に、過熱する学歴社会や旧来的な家父長制、そしてメンタルヘルス問題に対する社会からの冷たい視線など様々な社会問題を取り上げています。日本で生まれ育った私にとって、それらは決して対岸の出来事ではなく、それぞれに程度の違いはあれど、身近にも潜んでいるものであると映りました。
個人・家族・社会
特に私にとって考えさせられたのは、個人と家族、そして社会という3つのレイヤーが互いに深く影響し合っているということでした。主人公鄭(チェン)は、高校の教師であり生徒それぞれが抱える問題に向き合うのと同時に、妻から離婚を切り出されているという別の問題を抱えています。運命的な出会いをし結ばれながらも、妊娠を機に父となる覚悟や自信を持てていないことを自覚した鄭と、出産を心待ちにする妻との間で大きな溝が生まれてしまったのでした。鄭は、家庭を崩壊させた自らの父と同じことを、妻や子どもにもしてしまうのではないかという不安を抱いていますが、その自身の不安やかつての境遇を妻に打ち明けることが出来ずにいました。家族というものは、自分自身にとって最も身近で唯一無二であるが故に、その後の生き方に大きな影響を与えています。作中で鄭の父は、期待に沿わない息子や妻に対し非常に辛い当たり方をし、家族を崩壊させる大きな原因とし描かれますが、主人公鄭の生徒たちが過熱した学歴社会から大きなプレッシャーを受けているように、父自身も社会からの様々なプレッシャーがあったのではないかと思わされる部分がありました。このように、個人と家族と社会という大きな3つのレイヤーの間で、問題は相互に影響しあっていることを本作品は描いています。
さらに、本作品には大きなギミックが隠されています。そのギミックを目の当たりにした時、観客である私たちは何より主人公鄭の抱える深い悲しみを当事者として実感することになります。
この作品は、重く根深い社会問題を扱い、非常に切実で深い悲しみを内包した物語です。しかしながら、物語の最後に鄭のとる行動は、決して突飛ではないものの、この社会の歪みによって生まれてしまう被害者を少しでも減らす一助になり得る一筋の光のように映りました。
