映画『旅立ちのラストダンス(破・地獄)』で注目される香港の死生観
近年、香港映画『破・地獄』が大きな話題となり、香港の伝統葬儀文化である「破地獄(ポー・デイ・ヨッ)」に注目が集まっています。
日本では邦題『旅立ちのラストダンス』として、2026年5月8日より公開されました。
“死”という重いテーマを扱いながらも、家族、執着、別れ、そして「人を送り出すこと」の意味を静かに問いかける作品として、多くの人の心を動かしています。
今回は、映画でも重要なテーマとなっている「破地獄」とは何なのか、香港文化の背景とともに紹介します。
「破地獄」とは?
「破地獄」とは、亡くなった人を九層の地獄から導き出し、安息や輪廻へ送り出すための道教儀式です。香港の伝統的な考えでは、人は亡くなった後、生前の執着や罪業によって「九幽地獄」に留まることがあるとされています。
実際の儀式内容は、宗派や師承によって異なりますが、一般的には喃嘸師傅(ナンモウシーフー/道教法師)が儀式を執り行い、亡者を地獄から導いていきます。
- 開壇請聖(ホイタン・チェンサン)
祭壇を設置し、神々を招いて儀式を始めます。 - 引魂定位(ヤンワン・ディンワイ)
法師が九つの方位へ向かい、亡魂を探し導きます。 - 行步開路(ハンボウ・ホイロウ)
独特な歩法を行い、亡者が地獄を通り抜ける道を開きます。 - 破瓦開關(ポーンガー・ホイグァーン)
九枚の瓦を割り、「地獄の門を開く」ことを象徴します。 - 火光醒悟(フォーグォン・シンン)
火を使い、“光を見つける”“悟りを得る”ことを表現します。 - 完儀送亡(ユンイー・ソンモン)
最後に亡者を送り出し、超度(供養)を完了させます。


儀式中に並べられる九枚の瓦は「九層地獄」を象徴し、それを破ることで亡者の道を開くという意味があります。つまり「破地獄」は恐ろしい儀式ではなく、故人を苦しみや執着から解放し、安らかに送り出すための儀式なのです。
伝統的には、若くして亡くなった人や事故死、自殺、突然死など、強い未練や苦しみを残したと考えられるケースで行われることが多いとされています。ただし近年では、「人は誰しも生きる中で執着や迷いを持つ」という考えから、一般的な葬儀でも行われる場合があります。
昔と今で変わる香港の葬儀文化
かつての香港では、「破地獄」は数日に分けて行われる大規模な法事でした。しかし現在は、都市化や葬儀場の制限、安全面への配慮、生活スタイルの変化などにより、短時間で行う“一站式(ワンストップ)化”へと変化しています。昔は実際の油鍋を用いて炎を上げる演出もありましたが、現在は安全上の理由から紙製の器や蝋燭などを使った方法へ置き換えられています。

映画などでは視覚的なインパクトが強調されることもありますが、「破地獄」は単なる宗教パフォーマンスではありません。
そこには、故人への想い、残された家族の心の整理、そして“きちんと見送る”という香港人の価値観が込められています。「執着を手放す」という考え方は、亡者だけでなく、生きる私たちにも向けられたメッセージなのかもしれません。
現在、日本公開中の映画『旅立ちのラストダンス』に合わせ、Victoria 1842では、「破地獄 展 :香港の伝統的葬儀文化を読み解く」イベントも開催されています。
詳細はこちら:https://x.com/Vic1842/status/2048602311891603640
ぜひ映画『旅立ちのラストダンス』の鑑賞とあわせて、展示にも足を運んでみてください。
画像出典:
・表紙:ソーシャルメディア「黑白灰藍」及RIPHK.com 「2025年盂蘭勝會破地獄儀式」
・文章:傳承殯儀(https://treeo-life.com/the-last-dance/)
